マルク・シャガール展 《わが生涯》
会期: 平成22年2月3日(水)~4月4日(日)
会場: 第1展示室
観覧料:一般350(280)円・大学生250(200)円 高校生以下無料
* ( )内は20名以上の団体料金
* 年間観覧券(2500円)およびKoMPal会員(5000円)は無料
*身体障害者手帳、療育手帳、障害者手帳、戦傷病者手帳および被爆者健康手帳所持者とその介護者(1名)、高知県及び高知市長寿手帳所持者は無料
1910年以来パリで活躍していたシャガールは、一旦帰国していたロシアで革命の嵐に翻弄されます。人民委員として新しい体制への奉仕をしようとしたシャガールでしたが、仲間同士の間の背信行為などで革命に幻滅し、結局パリへの帰還を目指すことになります。その途上で立ち寄ったベルリンで、彼は画商パウル・カッシーラーの勧めにより銅版画を学びます。1922年、当初シャガールの自伝の挿絵として銅版画で制作された《わが生涯》は、自伝で使用されたロシア語があまりに特殊すぎて外国語への翻訳が困難であったため、結局挿絵だけが20点組の版画集として翌年に出版されました。なお、自伝「わが生涯」のフランス語版は、妻ベラの翻訳により1931年に刊行され、広く読まれるようになります。 今回は版画家としての処女作《わが生涯》を中心に、自らを見つめるシャガールの一面をご紹介します。
油彩画
No. |
作 品 名 |
英 名 |
制作年 |
寸法(cm) |
|---|---|---|---|---|
1 |
空を駆けるロバ |
The flying Donkey |
1910 |
55.0×46.4 |
2 |
路上の花束 |
Flowers on the Street |
1935 |
90.2×116.7 |
3 |
花嫁の花束 |
The Bouquet of the Bride |
1934-46 |
81.5×65.5 |
※《村の祭り》と《オルジュヴァルの夜》は現在修復中です。
版画集《わが生涯》
1922年 エッチング、ドライポイント
№ |
作 品 名 |
英 名 |
寸法(cm) |
1 |
おとうさん |
Father |
27.8×21.8 |
2 |
おかあさんと息子 |
Mother and Son |
27.8×21.8 |
3 |
おじいさんたち |
Grandfathers |
27.8×21.7 |
4 |
おばあさん |
Grandmother |
20.9×16.0 |
5 |
ヴィテブスクのポクロフスカヤ通り |
Pokrovskaja Street, Vitebusk |
17.9×21.0 |
6 |
誕生 |
Birth |
12.9×17.8 |
7 |
町の火事 |
Fire in the Town |
18.0×20.9 |
8 |
ペスコヴァティークの家 |
House in Peskovatik |
17.9×21.0 |
9 |
タルムードの先生 |
Tarmud's Teacher |
24.6×18.8 |
10 |
食堂 |
Dining Room |
27.6×21.7 |
11 |
ヴィテブスクの家 |
House in Vitebusk |
18.9×24.9 |
12 |
おじいさんの家 |
Grandfather's House |
20.9×16.0 |
13 |
年老いたユダヤ人 |
Old Jew |
12.0×9.8 |
14 |
門の前で |
Before a Gate |
20.9×15.8 |
15 |
ベンチの上の恋人たち |
Lovers on a Bench |
13.0×18.0 |
16 |
結婚式 |
Wedding Ceremony |
14.4×16.2 |
17 |
自画像 |
Self-Portrait |
27.5×21.5 |
18 |
イーゼルに向かって |
Facing the Easel |
24.7×19.0 |
19 |
おかあさんの墓で |
Mother's Tomb |
11.7×8.8 |
20 |
おとうさんの墓 |
Father's Tomb |
11.0×14.9 |
単品の版画
№ |
作 品 名 |
英 名 |
制作年 |
寸法(cm) |
1 |
窓辺の自画像 |
Self-Portrait at the Window |
1957 |
55.0×40.0 |
2 |
格子縞の上着を着た自画像 |
Self-Portrait with checked Jacket |
1957 |
64.0×49.2 |
3 |
画家のプロフィール |
Profile of the Painter |
1962 |
65.0×51.5 |
4 |
村の前の画家Ⅱ |
The artist at the Village II |
1969 |
38.7×29.0 |
5 |
黒地の画家 |
The Artist on a black Background |
1972 |
55.8×38.0 |
6 |
自画像 |
Self-Portrait |
1973 |
58.0×40.0 |
7 |
画架に向かう二重の自画像 |
Double Portrait against the Easel |
1976 |
34.0×26.0 |
8 |
画家Ⅰ |
The Artist 1 |
1978 |
34.5×26.8 |
9 |
画家Ⅱ |
The Artist 2 |
1978 |
33.0×25.0 |
10 |
絵の前の画家 |
The Artist in Front of the Picture |
1978 |
41.0×31.0 |
11 |
エッフェル塔のある画家 |
The Artist with the Eiffel Tower |
1979 |
33.5×25.5 |
12 |
黒い背景の画家 |
The Artist on a black Background |
1980 |
43.5×36.1 |
13 |
三つの花束をもつ画家 |
The Artist with three Bouquets |
1982 |
33.0×46.0 |
14 |
山羊と画家 |
The Artist with a Goat |
1984 |
31.5×23.5 |
15 |
赤い上着の画家 |
The Artist with a red Waistcoat |
1984 |
41.5×31.0 |
16 |
もう一つの清澄に向かって |
Toward another Clarity |
1985 |
42.0×33.0 |
※今回出品のシャガールの単品の版画作品は故・大川功氏のご寄贈によるものです。
マルク・シャガール
Marc Chagall (1887-1985)
シャガールはロシア、現在のベラルーシ共和国にある寒村ヴィテブスクの貧しいユダヤ人の家庭に生まれ、帝都ペテルブルグの美術学校で学びました。
1910年から14年までパリに住み、詩人サンドラール、アポリネールらと親交を結びます。キュビスムの空間的効果、ドローネーらの鮮烈な色彩表現に影響を受けましたが、子供の頃の記憶からイメージを引き出し、詩的で豊穣な、シャガールならではの幻想的な様式を展開しました。
1914年、ベルリンの表現主義の牙城シュトゥルム画廊で個展を開催、その後も同画廊と関係を保ち、ドイツ表現主義の運動に影響を与えました。二度にわたる世界大戦の戦火や、ヨーロッパ中を踏みにじったナチ政権によるユダヤ民族迫害、アメリカへの亡命、制作の霊感の源であった愛妻ベラの死去など、さまざまな苦難を乗り越えて画業を深め、世界中の人々に愛と希望を与え続けました。
シャガールは1950年から南仏のヴァンスに定住しました。晩年にいたるまで旺盛な制作意欲を発揮しましたが、1985年に惜しまれつつ死去しました。享年97歳でした。
特別出品: シャガールと同時代の画家たち
№ |
作家名 |
作品名 |
制作年 |
寸法 |
技法 |
1 |
フランシス・ベーコン |
応誦(レポン) |
1990 |
178.5×130.0 |
リトグラフによる3連画 |
2 |
178.5×130.0 |
||||
3 |
178.5×130.0 |
フランシス・ベーコン
Francis Bacon (1909-1992)
アイルランド、ダブリンに生まれ、1920年代後半にロンドンに移ります。ほとんど独学で絵を学び、第二次世界大戦後に本格的に絵に専念。男の頭部が皮をはがれた牛の肉塊にはさまれている《肉のある人物像(ベラスケスにもとづく習作)》(1954)や、うなる犬をえがいた52年のシリーズなどにより、奇怪でサディスティックな主題を探求、見る者に大きな衝撃を与えました。彼はこれらの作品をとおして人間の本性に潜む残虐性や凶暴性をえぐり出し、認識させようと試みたのです。後半生ではトリプティク(三連画表現形式)による一連の大型作品を手がけましたが、それらは閉ざされた、悪夢のような室内で肉片となった男たちのおぞましい姿が描かれていました。
今回出品の《応誦(レポン)》は、モダンアートの歴史的傑作といえる《磔刑のキリストの足元の人物の三つの習作》(1944)の油彩による第二ヴァージョン(1988)をリトグラフにした際に、作曲家・指揮者のピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez, 1925-)に捧げられ、ブーレーズの代表作《レポン》(1981-84)の名を与えたものです。
KoMPal会員(年会費5,000円)、年間観覧券所持者(2,500円)は、無料でご覧いただけます。













