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写真鑑定−坂本龍馬の妻、お龍−

30歳頃のお龍とされる写真1

信楽寺(神奈川県)所有、晩年のお龍

30歳頃のお龍とされる写真2

 

▼お龍の写真、科学警察研究所で鑑定 (2008年5月15日記者発表)

 

坂本龍馬の妻、お龍(りょう)なのか、専門家らの間で論議のある若い女性の写真が2枚ある。明治5、6年頃に撮影され、格子柄の着物を着た若い女性の立ち姿と、いすに腰掛けた姿を写したものである。写真には鉛筆書きで「お竜」「たつ」と名前が添えられており、30代のお龍と推測されている。この2枚の写真と、お龍と確定されている晩年の写真(神奈川県横須賀市・信楽寺所有)を使用し、警察庁の科学警察研究所(千葉県柏市)が鑑定を行った。この鑑定は当館(高知県立坂本龍馬記念館)が今年1月「龍馬の生涯にかかわる歴史的研究」として依頼したもので、本来、事件捜査にあたる機関である科警研がその趣旨に応じたものである。返送された鑑定書(A3判9ページ)では「同一人の可能性がある」と結論を下しており、この結果を受け5月15日記者発表を行った。

 
 

鑑定では、顔の形や顔全体の相対的配置など7項目で分析、卵円型の顔や唇の下の隆起など多数類似点が見られた。特に特徴のある鼻の形が共通しており、同一人を示唆する指標となっている。また専用ソフトを使い、若い頃の写真の顔を晩年の頃の写真と同じ向きにして重ね合わせると、目の間、鼻、口角の位置がほぼ一致した。目の形に違いはあるが、加齢とともに上まぶたが垂れることは十分に生じるとしている。このような科学的な分析をふまえ、鑑定書では、「別人と判定するに足る形態学的相違点は認められない」、「両者を同一人と判定する上で有効な形態学的類似所見が散見される」とし、「同一人の可能性がある」と結論づけている。森館長は「あいまいな推測の域から一歩進んだ。新しくお龍のコーナーを設ける事も考えている。みんなで推察してほしい」と議論の進展を期待している。

※科学警察研究所・・・警察庁の付属で犯罪科学の総合的な研究機関。このうち生物第二研究室は骨や歯、人物の顔画像などを研究。

 
 ▼ 坂本 龍(さかもと りょう)  天保12(1841)年−明治39(1906)年 享年66
 

1841年、医師・楢崎将作の長女として京都に生まれる。1866年、寺田屋襲撃の際に龍馬に急を知らせたる。その後結婚。二人で行った鹿児島への旅が、日本で最初の新婚旅行といわれている。1867年、龍馬の死後は一時坂本家に世話になっていた。土佐を出る際は、龍馬からの書簡を燃やし処分している。のちに西村松兵衛と再婚。1906年、横須賀で死去(66歳)。墓は神奈川県横須賀市の信楽寺にある。

【お龍に関する龍馬書簡】
・慶応元年9月9日、乙女・おやべ宛の龍馬書簡・・・「まことにおもしろき女」「今の名ハ龍と申、私しニにており候」
・慶応2年12月4日、乙女宛の龍馬書簡・・・「今年正月廿三日夜のなんにあいし時も此龍女おればこそ、龍馬の命ハたすかりたり」
・慶応3年5月28日、お龍宛の龍馬書簡・・・この1通だけ残っており、龍馬が暗殺された近江屋の「井口家文書」から発見され、京都国立博物館に寄贈されている。