7月5日に高知県立大学永国寺キャンパスで開催されたワークショップで、シネマ・フィロソフィア
3.11の代表を務める、同大学准教授の吉川孝さんにお話を伺ってきました。
Q1.これまでの「3.11の記録」に「戦争の記憶」が加わったことで、この企画の取り組みに配慮
したことや苦慮したことがありましたか。
A1.「3.11」は東日本での出来事という印象がつよく、高知県内ではそれほど関心を集めていませ
ん。強いて言えば、津波被害、内部被爆、原発再稼動をめぐる問題などが注目されることが
ありますが、それ以上ではないようです。これに対して、「戦争の記憶」というテーマは、
日本全国の方たちが共有しやすい話題でした。上映会の7月4日は奇しくも高知空襲の日でした。
こうしたことから、今回の企画はこれまでにない広がりをもつ予感がしました。おかげさまで、
映画上映会(あたご劇場)には207名が来場し、満席の会場は熱気にあふれていました。
『花と兵隊』の松林要樹監督との質疑応答でも、「旧日本兵の戦後アジアでの受け入られ方」
「兵站を軽視する戦争の愚かさ」など、作品をしっかり受けとめた質問が相次いで、監督との
高いレヴェルの対話が行われました。
Q2.この企画に取り組む学生の反応はどのようでしたか。学生の意識に変化は見られましたか。
A2.ほとんどの学生はこれまで、教科書・テレビ・話題の映画・SNSなどのありきたりの情報だけ
で、太平洋戦争のイメージを形成しているのかもしれません。
今回のワークショップの講師の皆さん(松林要樹(映画監督)、天野弘幹(高知新聞記者)、
飯高伸五(文化人類学者))は、日本兵による民間人の虐殺などの生々しい証言に触れながら
戦争の記憶が安易なナショナリズムに結びつくことに危機感を抱いていました。そうした講師
たちの作品や発言は、学生たちに、異なった世代や異なった地域の人たちとの対話の必要性を
感じとらせてくれたようです。
とはいえ、意識の変化がうまれるのは、学生だけではないはずです。松林監督の『花と兵隊』
に登場する藤田松吉さんという人物は、われわれの常識的な戦争理解を撹乱させます。戦時中
に日本兵の肉を食べたという人物がその遺骨を収集する営みは、「反戦思想」や「愛国心」など
の言葉で片付けられるものではありません。映画のなかの藤田さんを観るときの収まりの悪い
感情は、戦争の厄介さを認識する手がかりになるはずです。
Q3.今後に向けて、今回の企画の反省点や抱負などございましたら、教えていただけませんか。
A3.反省点は、「戦争の記憶」と「3.11の記録」という2つの大きなテーマが並びましたが、それら
を関連づけるような道筋を十分に示すことができなかったことです。松林監督が、双方に関わ
る優れた作品を制作しているということから企画を考えましたが、その射程の大きさを十分に
消化しきれなかったことが残念です。今後の課題とさせていただきます。
記録映画を上映しながら3.11以後の生き方を考えるというプロジェクトの核心は、学生の教育に
あると思っています。学生を社会の都合のいいように利用して、政治や政策や産業の道具にした
くはありません。あくまでもこの活動を通じて、学生が新たな世界に出会い、考えるようになる
ことが大切です。現代社会の諸問題に向き合って、物事を判断し、活動するような、民主主義
社会の担い手を育てたいと思っています。
Q4.その他、今回の企画を実施してのご感想をお願いします。
A4.高知県文化財団の助成を受けることで、単なる映画上映だけではなく、監督を招いての講演会や
ワークショップを実施することができました。大学でのみ行われる活動よりも公益性がまして、
高知県の多くの方に受けとめていただいたように思われます。今後、文化にかかわる活動はます
ます財政的に厳しいものとなって行くことが予想されます。高知県内にこのような助成の制度が
あることは、多くの人たちに支えになるはずです。ご支援をいただきましたこと、あらためて
関係する皆さまに心よりお礼申し上げます。いつも微力ではありますが、今後も高知県の文化
の発展に貢献させていただきたいと思っております。